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中学校からの僕

中学校からの僕

中学校生活のスタート

 

小学生の時に6年間の不登校を経験し、学校に通えた日数といえば通算で50日くらいしかありません。

 

しかし、中学校に入ってからは学校に通えるようになりました。

 

中学校では一つの中学校にそれぞれ3区の子供たちが集まります。

 

なので、「学校に行けるようになるタイミングは今しかない!」と心を奮い立たせ、学校になんとか通えるようにしようと頑張りました。

 

新しい新生活が始まり、小学校から僕のことを知っている友達もたくさんいましたが、それぞれ新しい環境に慣れていないせいか、私が不登校のことなんて忘れたかのように接してくれました。

 

部活動との出会い

 

中学校に通うようになってから数か月すると、先輩方からの部活動の誘いがくるようになりました。

 

私は野球が好きだったので、迷わず野球部に入部しました。

 

そこで、同級生たちと野球を毎日するようになり、私はとても楽しい充実した毎日を送っていました。

 

私はピッチャーをやらせていただけることになり、みんなの注目を浴びるようになりました。

 

そして入部したばかりの部員たちで新チームを作り、新人試合が組まれることになりました。

 

そこで、私はピッチャーをさせてもらうことになりました。

 

試合当日真夏でとても暑かったのを覚えています。

 

同じ部活動の先輩方見守る中、試合が始まりました。

 

試合が始まり、イニングが3回くらいのときに

 

真夏の猛暑と先輩たちが見ているというプレッシャーに耐えられなくなり、ピッチャーをしているマウンド上で

 

嘔吐していまいました。

 

あのときのことは今でも鮮明に残っています。

 

病院に搬送

 

私は、嘔吐して試合が一時中断したとこまでは記憶にあります。

 

次に記憶があるのは、病院のベットの上で点滴をされているときでした。

 

「なんでここにいるんだろう?」

 

と思いながら、横を見てみるとお母さんが座っていました。

 

「想くん、目を覚ました?」

 

と言われたので

 

「なんでここにいるの?」

 

と聞いたら、あの時の状況を説明してくれました。

 

そこで私は試合中に倒れたのだとお母さんから聞きました。

 

お医者さんに聞くと、「熱中症だから水分補給ちゃんとしてね」とのことだったので

 

その日は家に帰り、しっかり休むことになりました。

 

次の日、部活動の朝練習のために学校へ向かいました。

 

学校につき、グラウンドの整備をしていると先輩方が来て

 

「おい想!昨日はゲロ吐いて気持ちよかったか!」

 

と馬鹿にするような感じで行ってきました。

 

それを聞き周りの先輩もクスクスと笑っていました。

 

私は、その状況が6年前に戻ったかのように感じ

 

カバンを取って走って逃げてしまいました。

 

不登校の再来

 

昔と同じ状況だと私は心の中で何度も何度も考え

 

「また不登校になってしまう」

 

と辛くて泣いてしまいました。

 

それから、数週間学校の先生に事情を説明して休みをもらって

 

家にこもるようになりました。

 

でも、部活動の先生がお父さんのことを昔から知っているらしく

 

「お父さんの顔に泥はぬれない」

 

と思い、泣く泣く学校に通うようになりました。

 

部活動の先生も事情を知っていた為、先輩方と話をしたのか

 

学校に来なかった理由や、ゲロ扱いされることは無くなりました。

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