不登校になった理由5

最初はお母さん付きで、保健室へ登校して給食だけみんなと食べ、給食後は帰るようにしました。

 

午前中は何をしていたかというと、校長先生と(校長先生は元々工作の先生)工作室へ行き、いろいろなモノづくりをしていました。

 

木を切って、電動ノコギリで動物の形に切ってみたり、銅を溶かして型に流し込み文鎮のようなモノを作ったりしていました。

 

完成した作品は校長室のインテリアとして飾ってくださっていたのをこの文章を書きながら思い出しました。

 

今思えば、校長先生は立場上とても忙しいのに私の相手をしてくれて本当に感謝しています。

 

クラス全員で班ごとに給食を食べるのですが、あの事件からもう4年も経っているので小さい頃なんて毎日が刺激的で新しいことがどんどん頭に入ってくるため、私がなぜ不登校になったのかなど、あの女の子2人を含めて全員忘れているようでした。

 

その証拠にあの女の子2人のうちの1人が声をかけてきて、「ねぇ!元気だったの?」と普通に言われたため、言葉を失いました。

 

私が不登校になる原因を作った当の本人を許すとか許さないではなく、あれだけの事を言っておいて普通に接してこれるのはなんでだろうという、怒りでも悲しみでもない虚無感でいっぱいでした。

 

ですが他の人達も、私が不登校で全然学校へ行っていなかったので、まるで転校生がきたかのようにいろいろ私に質問してきたりして私はそれに答える。

 

他愛もない会話のひとつひとつがとても楽しく感じました。

 

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